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永久に

唐突な話ですが、つい先日、また親しい友人がこの世を去りました。
正直言って、とても不器用だけれど、でも本当に誠実で、とても優しい人でした。
はしゃぐ事もなく、でもいつも優しくて、そして楽しげで、ゆっくりとおだやかな口調でお話されるのがとても印象的な人でした。
私とは話題がほとんど重なってしまうトライアルの昔話をしながら、何度も旅をご一緒させて頂きました。
五十を越えてまだ間もないというのに、今何故この人なのでしょうか...。
しかも、まだまだ幼い、可愛い盛りの娘を残してです。
奥方にもこれまで幾度もお会いしており、親しくお話などもしていましたから、斎場でお会いした時、何と声をかけていいものかと、正直言って、本当に、とても苦しい思いでした。
自分ごときが苦しいなどと、単純に好き勝手な言葉で自分の気持ちを口にしたところで、今、目の前に、嗚咽でロクに言葉にならないのに、私達に向かって必死で感謝の言葉を振り絞っている奥方の、その痛みの比ではない事など解りきった事で、自分ごときが今その場で何を言っていいものかと考えると、情けない事に、本当に何を言っていいのかと、どんどん解らなくなりました...。
実は七年ほど前にも、とても親しい友人を失ってしまい、その時も様々な想いや強い後悔が交錯して、こころが捩じ切れるほどに、ひどく辛く苦しい思いをしたのですが、その時の記憶がよみがえり、今またそれが重なり合ったのかもしれません。
祖父、祖母、叔父、叔母、従兄弟をはじめ、親類縁者で亡くなった者は既に多くおります。
それでも、ほとんどはかなりの高齢者ばかりで、当然その度こころは痛むのですが、順番が巡ってきたのだと思えば、見送る側の心のさざ波も、まだしもその治め所がありました。
しかし、世間的な順番からいえばまだまだ後ろの方で、かつ自身でもその運命を知りながらとはいえ、それでもなお必死で生きようとしていた人が逝ってしまった時、それを見送る側としては、こころの痛みのやり場がなかなか見つからないものなのですね。
せめて向う側で、あなたの好きだった事、したかった事を、思う存分、永久に謳歌していて下さいと願ってやみません。
田中さんのご冥福を、こころよりお祈り申し上げます。

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