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心のステアケース

ちょっと古いのですが、数日前アサヒドットコムに載っていたニュースを読んでいたら、
気分が悪くなってしまいました。

以下にその記事を引用します。

==引用開始(asahi.com)==

「障害者」→「障がい者」に (2008年02月20日)

岐阜市は、これまで「障害者」としていた公文書などの表記を、4月からかな交じりの「障がい者」に変更する。
「害」の字に否定的なイメージがあるためといい、担当部署「障害福祉室」も「障がい福祉室」に名称変更する。
県も同様に4月から、公文書などの表記を変更する。
市の市民福祉部が19日、「障害者の人権をより尊重する観点からひらがな表記とする」と発表した。
市は、表記は本質的なことではないという議論があることは認めた上で、「差別感や不快感を持つ人が少しでもいる限り、気持ちを尊重したい」としている。
また、県障害福祉課は、組織名は変更せず、通知や案内状、新たにつくるリーフレットなど身近な文書をひらがな表記とする。「表記変更で障害のある人の生活が一挙に良くなるわけではないが、変更をきっかけに職員や県民の意識変革が進んでほしい」(同課担当者)としている。
表記変更は、04年9月の福島県を手始めに三重県など7道県で実施されており、県内では、美濃加茂市、本巣市など12市町が変更している。

==引用終了(asahi.com)==

つまり岐阜市では、これまで役所の公文書には「障害者」と記載していたけれど、この「害」という字を不愉快に感じる人がいて障害者への差別にあたるから、これからは「障害者」ではなく「障がい者」と表記する、という事のようです。

そういえばいつ頃からでしょうか、私が気付いた時には既に障害者という表記が普通に用いられていましたから、もうかなり長い間使われてきた表記、表現だと思います。

ただ私の子供の頃でも、まだ話言葉や印刷物の中には「障害」の事を「不具(フグ,又はカタワ)」とか「片輪,片端(カタワ)」、「障害者」のことを「不具者(フグシャ、又はカタワモノ)」とか「片輪者,片端者(カタワモノ,カタワモン)」と表現される事はまだ珍しい事ではありませんでしたから、小さい頃はそういう言葉も使っていた記憶があります。

ただし高学年になるにつれ、世間的な表記、表現としては「障害」「障害者」以外に使わなくなったのは言うまでもありません。
でも私は、これらの障害を表す昔の言葉の中に、時代や歴史のにおいを感じています。
現代のある一部の特殊な人間が不愉快だからといってフタをし、全て見なかった事にするのは、自分たちの歴史を塗りつぶすようで全く感心できません。

いきなりですが、例えば熊本の田舎で不具や片輪をつかうとすればこんな感じになるでしょうか。

  ・○○しゃんがたん△△しゃんな、こん前事故して片輪んならしたばってん、ようよ
   こし元気んなんなはって戻らしたてたい。ほんにぃなぁ、そらまた気の毒っかった
   ばってんが、なんさま生きとらしたつなら、そうにゃ良かったたい。

   訳「○○さん宅の△△さんは、この前事故にあって障害が残ったそうですが、
     ようやく元気になって帰ってこられたそうですよ。本当ですか、それはまた
     気の毒な事でしたが、何にしても生きておられたなら、大変良かったですね。

  ・ぬしゃ不具かけん重かつぁのさんどけんが、おっどんがどがしこなっとなおして
   こおかね。なぁん、そらおっどま不具かばってんが、こらとつけみにゃあ重もなか
   けんがそらよかよか。

   訳「あなたは自由が効かないので重いものは大変だろうから、私が少しなりとも
     片付けてきましょうかね。なあに、確かに私は不自由ですが、これはとんでも
     なく重いワケでもありませんから、それには及びませんよ」

いかがでしょうか?
私が子供の頃に育った山村では、この会話でも全く不自然ではありませんが、今の田舎ならちょっと古いかな?。
いずれも不具や片輪といった言葉を使っていますが、どちらも大変な事だなぁと気の毒に思う気持ちや、助けようとする気持ちが込められており、絶対に差別的な表現で用いられたものではありません。

言葉というのは面白くも難しいもので、その文字そのものや、言葉の持つ音や響きそのものよりも、どのような気持ちを持って発せられるかで、感じ方が全く変わってくるものです。
ただ、どれほど思いやりを持って現した、あるいは発した言葉であっても、相手の方がヒネクレて受けたり、意図的に捻じ曲げて取ろうとすれば、いくらでも悪意として受け取る事は可能です。

「害」を「がい」書き換えたところで、悪意を持って「障がい者」という言葉を使えば、何も変わりはしないという事に、いい加減で気付いて欲しいものです。

ところで、もし「害」という漢字が不愉快に感じるのであれば、「障」という漢字はそのままで良いのでしょうか?。
「障」という漢字には、「さしさわり」とか「邪魔」とか「さまたげ」とか「壁」といった意味合いがあるのですが、これを放っておいては差別になるのではないのでしょうか?。
そうするといずれ「しょうがい者」となるのでしょうか?。いや「者」も人を指しますから、特定の人物を指すようで不快な表現、差別ですよね?。
ならばいっその事「しょうがいしゃ」がいいのではありませんか?。
なんだかこれでは、漢字を廃してハングル表記のみに特化した結果、自国の歴史資料さえほとんど読めなくなった不様な韓国と、まるで同じになってしまいますね。

なんだか非常にバカバカしくなってきました。
こうした実に下らない言葉狩りには全く辟易します。
日本人は、一体どこまで心のステアケースを高くしたら気が済むのでしょうか?。

さてさて、皆さんは一体どのようにお感じになりましたか?。

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コメント

アサヒのやる事にいちいち腹をたててたら、
明後日くらいには本社を襲撃しないといけなくなりそうです。
弱いものの味方のような振りをして、実際は改悪を目指しているように思えます。
自分等の事を棚にあげて重箱の隅を突くような記者がおおいんじゃないかなあ?
なんだかそういう国民性の国も有るみたいだなあ。
・_・)-* ミミカキホジホジ

投稿: 練習菌 | 2008年2月28日 (木) 05時15分

>練習菌さん
理性のタガはまだ外れていませんが、気持ちは既にアサヒ襲撃モードです。
テレビ朝日やアサヒ新聞は、弱者の味方のフリさえしてれば、事件の本質から逃げたり、意図的に反対意見を隠蔽しても、世論は必ずなびく事を熟知してますからね。
アサヒは反体制と可哀想理論から脱却できない、青臭くて幼稚なメディアです。
しかも正義を振りかざすクセに、自分でサンゴ礁に落書きし、それを隠して記事にするような悪党メディアですから、自分が叩かれる事を承知で「両論併記」するようなバランスの取れた取材や報道をする気など、もとより毛ほども持ち合わせてはいないでしょう。
そういう点では、売らんかなといった大衆迎合のテクニックには非常に長けているとは言えますよね。
しかしそんな偏狭なメディアが、声高に「ジャーナリスト宣言」などとは、イヤハヤもう片腹痛いですワ。
あ、ところで「シャコ」さん面白く拝見してます。そのうち遊びに行こうかな?。

投稿: MUU | 2008年2月28日 (木) 12時53分

シャコもけっこう毒を吐く場所に便利なんですが、
mixiもなかなか毒が吐き易いですよ〜
MUUさんもいかがですか〜?

投稿: 練習菌 | 2008年2月28日 (木) 21時29分

なんだかmixiがきな臭くなってきました。
ユーザーの日記の著作権を認めず、mixi側が自由に使用改変
できるように使用規定をかいていするとか〜
もしそうなったら脱退してやる〜

投稿: 練習菌 | 2008年3月 4日 (火) 16時55分

>なんだかmixiがきな臭くなってきました。

あぁ~、それって4月1日から施行予定とかいわれているヤツですよね。
それだったらmixiやめるって言ってる人が出てきてるらしいですね。
でもまだ本決まりじゃなかったと思いますけど、mixiは一体どうするつもりなんでしょうねぇ?。
でも4月1日ですよね?日にちが日にちだけに...?ですかね。

投稿: MUU | 2008年3月 4日 (火) 20時50分

あ〜、エイプリルフールだったらいいんですけどねえ。
多分問題書き込みに対しての削除を強化するためだとは思いますが、
それならそういう主旨である事を一筆入れてもらわないと、
規約が一人歩きしそうで恐ろしいです〜
まるで大昔の「治安維持法」みたいで〜

投稿: 練習菌 | 2008年3月 5日 (水) 01時01分

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