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焼失した南大門の供養と昔の韓国

中央日報によると、先ごろ韓国で放火によって焼失した南大門の四十九日法要が、30日に崇礼門広場で行われたそうです。

建物の四十九日法要といのは少々不思議な気もしますが、それほどまでに、南大門への思い入れが強かったという事なのでしょうね。

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しかし韓国は、昔仏教を弾圧して罰当たりにも仏像の首を片っぱしから平気で切り飛ばしていたような国です。
現在でも「歪んだキリスト教」や「腐れ儒教」、カルト宗教で有名な「世界キリスト教統一神霊協会(要は‘統一教会’)」などが盛んなようですが、なぜ今さら唐突に仏教で大々的に法要を行うのか、その点からは少々理解に苦しみますが、これも日本統治時代の残滓という事なのでしょうね。

まぁいずれにせよ、生き物も建物も品物も、大切に想う心から供養するのは悪い事とは思いませんから、ここは素直に見ておきたいと思います。
ところでせっかくなので、南大門のニュースのついでに昔の南大門や、その周辺のソウルの町並みや住民の様子を、写真でご紹介したいと思います。

・下は1897年、今から約110年前の南大門とその周辺の写真です。

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・下は1888年、今から約120年前の、当時朝鮮では最も繁栄していたと言われる大都市ソウルの、南大門大通りの町並みです。

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・下はソウルの市民達(カラー補正版)です

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・下の朝鮮人女性は乳房をむき出しにしていますが、これは子供を産んだ女性のみに許される行為であり、大変誇らしい事とされていたそうです。

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今からおよそ100年ちょっと昔の朝鮮(韓国)は、日本に比べて約1000年は遅れていたという説もあるのですが、この様子ではあながち嘘でもなさそうです。
これらの町並みや人々の様子を見ると、「チャングムの誓い」のような韓国の歴史ドラマが、いかに昔の韓国の一般市民の生活とはかけ離れた世界であるかが良くわかると思います。
ちなみに下の写真の乗り物は「猫車」と呼ばれており、乗っているのは当然ですが支配者階級の「両班」です。朝鮮の王族などは栄耀栄華を極めていたようですが、庶民には全く無縁の別世界だったようですね。

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朝鮮はこの後日本と併合する事により、日本の莫大な資本注入によってわずか30年そこそこで劇的に変貌していきます。
焼失した南大門付近の基本的なレイアウトや環境整備は、日本の統治によって完成されたものである事が、下の写真からも良くわかります。

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・最後は、1936年のソウル南大門大通りの写真です。わずか30年少しでまるで別世界のように変貌しています。
どれほど日本の資本が注ぎ込まれたのか想像すらつきません。

1936









さて、焼失した南大門は既に修復「建て直し」が始まったようですが、サテサテどのような「近代建築物」が出来上がるのか、チョット楽しみな気もしますね。

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